Welocome to KOSO Museum !

明治神宮そぞろ歩き

静寂に包まれた明治神宮を、坂西元氏紹介の松田権禰宜の案内で逍遥する。途中折々の、松田権禰宜の深淵なるご講義があり、深く感銘を受けた。多くの訪日した外国人がこの神の杜をテーマにして散策する時代が来た。深い歴史を持つ日本文化の地下水脈を理解していただける「知の逍遥」である。樹々を渡る風の囁きに耳を傾け、木漏れ日が光の玉のように落ちてくる砂利の参道の感触を心で愛でる。世界宇宙の、未来の在り方を、大都市のど真ん中で自然と、文化と、そして人間の生き方と共創する存在を通して、私たちに「恒常型社会」のモデルを指し示しているように、私には思えてくるのである。

江戸を固めし 隅田川... 桜咲く

新緑の季節になっても桜が忘れられない。4月に江戸の3大桜名所向島に行った。桜橋から隅田川を見ると、花見は工学的な理由で行われてきたという確信をもった。
今まで、桜や花見は江戸の民俗、徳川家による庶民へ娯楽提供等の歴史視点でみていたが、今回、治水視点で考えてみた。
日本は、歴史的に隅田川等大きな河川の氾濫に悩まされてきた。氾濫は、堤防でおさえる。その堤防を踏み固めるためには、堤防を行き来する仕掛けをつくり、人の重石を活用してきた。行き来する仕組みは、桜を植えて花見客による重石だ。また、堤防界隈で祭りを行えば、人の賑わいでさらに踏み固まる。
これは、浅草の日本堤に行くとわかる。遊郭、桜と祭りによって人の往来が堤を固めたからだ。武田信玄による信玄堤も祭りと桜による川の堤防を固めたものだ。
花見は、散る桜を眺める無常を表す人文学的な面の否定はできないが、氾濫に悩まされた日本の治水という工学的な側面もあるのではないか。我が家の近くには、川の埋め立てでできた千川通りに3km以上の桜並木が続く。
花見は治水。江戸を構想する楽しみが増えた。(Reported by Gen Sakanishi)

妖怪考

ちょっと前のことになるが、この2月の日本経済新聞の朝刊に、妖怪画家・柳生忠平氏が、「妖怪の持つ意味性」についてエッセイを寄稿していた。

 

柳生さんが生まれた小豆島は妖怪の宝庫のようで、その風土性の面白さが氏の妖怪性への興味を生み出しているようであるが、日本人の独特の感性や文化への寛容性を楽しく表現している。

 

小豆島をよく訪れる私は、忠平さんのことをよく存じ上げているが、世界広しといえども「妖怪画家」を名乗って、現代社会へ鋭いまなざしを投げかけるアーティストはそう多くはな無いであろう。妖怪は、日本の歴史文化が生み出した社会の深部や影の重要性を語るものであるが、彼のエッセイを読みながら、現代社会にもたくさんの妖怪が跋扈していることに気が付く。

 

もっとも、現代の妖怪の存在には、かわいげも正義への規範性も、実に乏しいことに呆れたり、悲しい思いを持つのは、私だけのとであろうか。妖怪作家の現代への鋭いまなざしにも、私は期待したい心持でいるのだが。

地域再生フォーラム in にいはま

新居浜の異脳人・森賀盾雄氏が狂気に近い構想(妄想)を抱えていなかったら、日本における「インダストリアル・ヘリテージ」というコンセプトが創出され、「産業観光」が事業として自立・成立することは無かったように思えます。その記念的コンファレンスから17年、また新たな挑戦が始まります。このフォーラムで、次なるソーシャルイノベーションを起爆させたいものです。光栄にも、私ごときが基調講演をさせていただきます。ありがたいことですが、私の白髪(しらが)頭は脳に栄養が取られて、ますます白くなっていくでしょう。

ライフスタイル観光とは...「豊の国商人塾」のご案内

「世界目線構想力」などという、私も聞きたくなるようなテーマで、3月のひな祭りの日、大分で講演いたします。畏友、谷口正和氏とご一緒です。

 

主催は「豊の国商人塾」ですが、「地方の時代、地域主義」を提唱した平松守彦知事の時代から続いている名門の塾です。思想的には、日田の広瀬淡窓の「咸宜園」の流れを汲んでいて、塾のOBが自己組織的に経営するユニークな地域塾です。

 

日本の地域・地方がどん詰まりをどう乗り越えていくか、この塾の「自然(じねん)の草莽力」が燎原の火のように、全国に広がっていくことを願っているのですが。

 

グッゲンハイム美術館に想いを馳せる

ビルバオのグッゲンハイム美術館。グッゲンハイム財団とバスク自治州の初期契約が本年度の2017年で終わる。ビルバオモデルとして世界中で注目されたが、芸術文化を基盤にした地域再生の実質的効果に評価が下される。それにしても、バスク自治州政府の構想と実現力、フランク・ゲイリーの異才なデザイン、そしてグッゲンハイム財団のしたたかな経営手法。これらには、眩暈に近い感慨がある。私はビルバオ川のほとりで、時間を忘れて見入っていた

バスク地方の巡礼考

この1月末から、フランスとスペインに跨がるバスク地方を巡礼者となって巡った。不思議な民族といわれるバスクの人々から、幾つかの現代社会への啓示をいただいた。

 

サンティアゴ・デ・コンポステーラまでたどり着き、聖ヤコブのカテドラルにお参りして、巡礼の旅を終えた。

 

商店街のアーケードの店で、種の多い干しブドウを買った。その種をかみ砕きながら、甘く渋い味わいを反芻していた。

 

日本地域資源学会

日本地域資源学会も10周年を迎え、大きな飛躍の時代に入っています。塚原正彦会長の精力的な活動や、最近上梓された『みんなのミュージアム』や『世界の図書館』を見てみますと、地域を支える一人一人が<ミューズ(知と美の神様)>となって、身近なところから社会を創り上げていく手法と哲学が、描かれています。

 

この厳しいアポリアに囲まれた時代だからこそ「知と地と血」のネットワークを創り上げることで、すばらしい幸せに満ちたコミュニティを創出させたいものです。私は、一線を退きましたが、これからもミューズ(美しい女神)への憧れを持ち続けていきたいと思います。どうぞ、日本地域資源学会を多面的にご支援ください。


観光価値の本質

優れた人工知能がどんどん開発されていく時代だからこそ、命を持つ生物としての人間の「叡智」をどう育くむかが、問われている。昨年の秋、日田の咸宜園を訪れてその答えの一つを見出した思いがした。「地域塾」であり、しかも『私塾』である。困難な問題に直面した時代、日本の各地に私塾が誕生し、叡智が群生して集合知をもたらした。その一種「社会脳」のような知の動態が、問題解決の要となった。そのAIをはるかに超えるであろう「社会脳」の解明を、いま私たちは求められているのではないか。

随筆ツーリズムの発見:寺田寅彦と妻:夏子の物語を追って

しばらく海外滞在しておりましたが、帰国しましたらエッセイが出ておりました。須崎市のゆるキャラ、ふるさと納税などの施策が大きな成果を生み出していますが、こんな地味な観光事業も一考したらいかがかな、と企画してみました。お目通しいただけたら幸甚です。

 

須崎も知的な資源が実に豊富だということが、最近日本人の震災思想の考え方を分析・評価して注目されている寺田寅彦を通して、大勢のファンに理解されるのではないでしょうか。よろしくお願いいたします。 

東京・吉祥寺のエクセレントな差別化戦略

武蔵野市吉祥寺の行政や商工会議所とは、もう30年を超えるお付き合い。日本で最初のパッサージュをめざして、商店街再生事業も構想したいきさつがある。いままた、武蔵野市観光機構(むー観)の武藤毅事務局長やアーバンプロデューサー・入川秀人氏、コンセプトデザイナー・坂西元氏など異脳者同志の議論を重ね、超ハイパーモデルの社会デザイン構想を創り上げている。その一つのイメージモデルを、エッセイに表現してみた。こんな事業は、まさに吉祥寺でしか実現できないのではないか。
不測の時代が訪れたからこそ、構想博物館で練り上げた事業が、日の目を見る時代がやってきたように、思える。

「富遊層」の時代

お茶の時間、とは言っても頭脳の中のシナプスがガンガン発火して、高温になる時間。

 

ここから様々な構想が形作られ、構築される。異脳の人材が集積している環境こそが「富遊層」の時代を象徴しているだろう。

SCアカデミー望月ゼミ開講!

叡智の森にたたずむ構想博物館。初秋の1日、SCアカデミーの望月ゼミが始まりました。今期は6名、いずれも優劣をつけることのできない秀英ぞろいのようで、構想発表のプレゼンで驚きの連続。新しい日本を背負う世代が台頭する予感でいっぱいの日でした。

人生での出会いを想う

ようやくというか、あっという間というか、『構想の原石』という本ができました。大学院の私の講義科目である「社会デザイン構想」を受講してくれているメンバーに加えて、OBの皆さんにも参加いただき、一人約2万字の思惟の原石を脳みその中から掘り起こしていただいたのです。

 

レヴィー・ストロースの『悲しき熱帯』ではありませんが、現代の未開である都市社会への踏査を果敢に行ってきた経験が、実は参加してくれた院生の皆さんには共通にあって、それが新しい文化人類学の登場を、可能にした・・・と私には、刷り上がった本を手にして、思ったことでした。

 

この知の探検は、これからも荒々しく続くでしょう。またびっくりするような異脳者の探検録を手にすることができるでしょう。今回の『構想の原石』はそのわずかな前触れに過ぎない、などと私は見積もっているのですが。

人生での出会いを想う

これまでは、私は多くの人々のことを書いてきましたが、今回は教え子?の一人が、こんな風に私のことを表現してくれました。面はゆい限りですが、一緒に学んできた方々が、それぞれ立派に進化してくれている、ということの証でしょう。率直に、大した力を持たない私でも、うれしいことですね。

アマミイズム(奄美主義)のあけぼの

奄美大島名瀬市で7人の若者たちが中核になって「名瀬市ルネッサンス委員会」を立ち上げました。彼らがどんな構想を抱き、まちの未来や経済をどんな手法で創り上げていくのか、彼らのサポートを依頼されて訪れてみました。鹿児島でトランジットして、屋久島、口永良部島の上空に差し掛かると海上はあくまで晴れているのに、島の上にはぽっかりと雲がかかっている。島の樹林が蒸気を生み出し、雲になるのでしょうか。問題意識という蒸気を出すことによって、私たちも雲を呼寄せる、そんな思いを持ちました。 

名瀬市の商工会議所では7人の若武者が待っていました。何と、彼らは自発的に委員会を組織し、主体的に活動することをモットーにしています。彼らの、島の未来構想を聞きましたが、正直に言えばまだ稚拙です。しかし、補助金ありきのまちづくりから脱する彼らの意識の高揚は、年寄り主体のこれまでのビジョンづくりからは、明らかに差異化の事業構造を感じさせます。 

「アマミイズム(奄美主義)」といったらよいでしょうか。私も、彼らを触発させる幾つかの事業構想を提案しました。まだ発表できないのが残念ですが、奄美大島にも、大きな恵みの雲がかかり、偉大な成果を期待できる明日が生まれるのでは、と願っているのです。

異能者、異端者の創出を目指して(須崎未来塾)

高知・須崎市の『須崎未来塾』に講義で参加いたしました。本年もまた若手を中心に、かなりの人生経験者も塾生として参加。元気なタウンイノベーターが次々に生み出されそうです。今年は、他の地域に追随することを良しとしない、強靭な「草莽の志士」たちを「天と合体する」ほどの飛翔する志を持った人材輩出元年として、異脳者、異端者の創出を目指す年になれば、と願っています。

 

朝からの激しい雨が止んだ午後に、森賀塾長を先頭に、地場産業の土佐打刃物の「迫田刃物」工房を訪問。まるで草庵のような(かなり老朽化している)工房で、親子2人が隠者のように鍛造と研磨の崇高な技術に挑戦し続けている姿に、全員が感銘。散々に叩かれ研ぎ出された刃物の持つ切れ味鋭い姿に、将来の塾生の姿を重ね、夏草の香りを届けてくる山の端を足早に過ぎていく飛雲を眺めていたものでした。

天国に旅立った瞑想する象「はな子」

昨日、吉祥寺で、武蔵野市観光機構のお招きで、『武蔵野市と吉祥寺の未来社会をデザイン』する構想講演の機会を得ました。

 

4つのフレームで、5つの社会デザインの実行モデルを提言しましたが、その大切で主要な構想モデルの1つは、子供たちに絶大な人気のある井之頭自然公園の象の「はな子」の「命を継承するAIを持ったはな子」の動く(生きた)象モデルの創造でした。齢70歳に近づいたはな子が、子供たち10人を乗せて公園を遊歩る、・・・人間の文明と自然の生き物の共生をいかに実現するかという命題を永遠に提起する意味を込めた「はな子マリオネット」の製作提案でした。この提言は、60人の参加者の熱い思いを結晶化するインパクトを生み出したのでは、と我ながら手ごたえのある構想提案になったように思えました。

 

本日も、その熱い思いを胸で反芻していると、観光機構の武藤事務局長から連絡がありました。「本日午後、齢70を前にして、はな子が天国に旅立ちました!」・・・なんという偶然、運命であるのか。昨日の講演会が、実は私たちにとって、はな子の地域社会に果たしてきた役割の顕彰の会であり、天に召されるはな子の幸せを支える会でも、あったのでした。この提言を、何とか実現さえたいものだと心から願っています。何回かお目にかかったはな子は、いつでも哲学し瞑想している象のように、私には思えました。

 

私たちは永遠に、はな子からこの混迷する世界に向けての、哲学する頑強な頭脳の所在を、学ばなければなりません。 尾のプロジェクトが昨日からスタートしたのです。合掌。

知の花咲く構想博物館で「ゆねッサンス」

桜が咲き乱れる構想博物館に、友人の彦坂裕先生と異脳の子息:ゆねさんが訪ねておいでになった。ゆねさんは、古生物学者で細密画の達人、イタリアの中世史研究家で、在フィレンツェ。
古代生命の秘密と、ルネッサンス絵画史におけるエロスの内在性、先ごろお亡くなりになったウンベルト・エコーの中世を彩った記号学的曼荼羅世界の仮構性など、庭の桜に負けない知の花を3人の会話で咲かせて見せた。

 

シャンパンには、イチゴとチョコレートが似合ったが、一番のおつまみは、頭の中のニューロン間をスパークする火花ならぬ「知花」であったのかもしれない。

「イベントが、社会を革新させる」(新都市1月号巻頭言)

国交省マターの機関誌『新都市』の小論を寄稿。出版社ぎょうせいの役員:梶原純司さんにご紹介いただきました。その巻頭言に、イベントを起点にした「ソーシャルイノベーション論」が掲載されています。

近代の大構想家「ジュール・ベルヌ」

ナントをを訪れたもう一つの目的は、近代の大構想家ジュール・ベルヌの思想の原点に触れることであった。ベルヌのミュージアムはロワール川に面した小高い丘の上にあった。秋の2週間の休みを貰った子供達で舘は溢れていた。誰もが小ベルヌの気持ちであろう。

ベルヌは、80日間世界一周や地底旅行や月世界探検など、当時としては驚愕の構想を次々に打ち出した。しかし、ベルヌの真髄はSF作家のそれではなく、深い文明批判にあった。パリの都市をテーマに、コンピュータに支配される人間や金融資本主義に翻弄される人間を描き、人々にとって真の生き方とは何かを追求している。
丘の上の博物館からナントの、ブルターニュ公国の栄華を遺した街々が望めた。ナントは、いまフランスで一番住みたい街の上位に位置している。ベルヌの想いが、美しいこの街の力のひとつになっているのであろうか。

叡智の樹林は知のトポス

アリストテレスのペリパトス派を気取って、大学院:社会構想の最終講義では明治神宮の深い森の中を逍遥。取って置きの知のトポス・・・切り株が椅子になるアカデメイア・プラトニカの森の教室でレクチャー。14名の院生たちが、それぞれ切り株に腰かけ、アテナイの郊外の森を想起し、「少ない日光の森の中でも、生き延びる本物の木となり、叡智の樹林を創出させる知の技法」を学ぶ。その中には、大正9年に完成した明治神宮の民間側の推進者・渋沢栄一、林学博士・本多清六ら綺羅星のような知の構想の根源に迫る話も。森を縫い、西参道に出ると巷は灼熱の世界。


打ち上げのプラトンの「饗宴」は、院生の入川秀人氏が演出。氏のカフェで、現代の「饗宴」の試みが行われた。これこそが、明日へのアカデミー(アカデメイア)であることを、美味なる赤ワインの渋みの中に、一人一人が直感していたことであろう。

私の未来を決めた1冊の本「『TVA』を知っていますか?」

人生には、大きな飛躍や、転機や、衝撃となる本との出会いがある。その貴重な一冊との出会いを、鎌倉ペンクラブの会報に書かせていただいた。自己における思想形成の源泉の1冊です。

初夏を迎えて

構想博物館の木々の間で咲いているユリ。野生の強靭さを感じる。

『妖怪製造装置』展:異界の空間に解き放たれた人間たち

現代妖怪ブームの原点のひとつ、柳生忠平氏の作品展『妖怪製造装置』展のオープニングに磁場に惹かれるように覗いてみた。妖怪とは、人間の無意識の世界に象徴的に存在するもうひとつの自己・・・とも捉えることができる。青山通りギャラリーTriplet。

打ち放しコンクリートに高い天井・・・そこに製造された妖怪群に囲われて、常磐津「戻橋」の妖艶な三味線におどろおどろの物語の展開。板戸に描かれた彼らが、抜け出して蝋燭の火に照らされて群舞する。世俗の世界から、異界の空間に解き放たれた人間たちは、己の無力を思わず念仏のように口から吐露してしまう。美味い小豆島地場の酒が、かろうじて異界の闇に揺ら揺らと漂う一本の綱のように、彷徨する精神を引き上げてくれた。

逃避するように、青山通りの俗界に降りると、そこはいつもとは違った暗闇が在って、切り裂くような一条の稲妻が、どうにか元の自分に戻してくれたように思えた。

試塾の時代がやってきた

立て続けに、愛媛大学地域再生マネージャーシニア塾と、須崎未来塾の2つの塾で、講演をさせていただきました。その塾体験を通して、日本の地域の次代を担うのは、地域の知を発見し発酵させる「私塾」ならぬ、「試塾(しじゅく)」の時代が来た、という想いを強く持ちました。須崎と松山で遭遇した塾生たちは、誰もが性別や年齢に関係なく、地域に生き、地域で思考し、そしてそれを構想化して、志し高く「試みる」強い意志をもっていることに、大きな感銘を受けました。新たな「社会創造」の芽を育てることを(先行する地域モデルとして)真摯に「試みる」いわば現代の「草莽」たちが生み出されていることに、目を見開かされたのです。どんなに厳しい環境、土壌でも、大地は必ず次なる希望の人々を育てる、そんな体験は、私を深く幸せにしてくれるものでした。2つの塾は、これからも継続して運営されていくでしょう。こんな地域知の育成の試みは、全国に燎原の火のように広がっているはずです。微力ながら、これからも私自身「社会知」のサポーターになっていくつもりです。

2つの塾の森賀塾長と塾生の皆さんに、「ありがとう」と心から申し述べておきたいと思います

▲愛媛大学地域再生マネージャーシニア塾(2014/7/5)
▲愛媛大学地域再生マネージャーシニア塾(2014/7/5)
▲須崎未来塾(2014/7/12)
▲須崎未来塾(2014/7/12)

第一回国際海洋観光フォーラム

静岡県の清水市で育った。この季節になると、心が騒いで中学生の私は「赤ふん(褌)」を取り出したりした。夏休み前に、三保の松原での水泳合宿があって、男子は全て赤ふんで参加するからだ。「われは海の子」という気持ちがDNAのどこかにあったのであろう。


岡山県の笠岡市名木島で、『国際海洋観光フォーラム』が開かれた。構想博物館の近隣に、商船やタンカー、クルーズ船の船長として地球の7つの海を踏破してきた辻野圏輔キャプテンがお住まいで、彼の友人が実は私の盟友・藤村望洋氏だ。彼らは根っからの「海人」で、以前から海に囲まれた日本の、<海洋活用>すなわち<海洋観光>の市場創造を構想化していた。彼らの集まりが時には、構想博物館であったりしたから、私も参加し構想創りのお手伝いをした。その構想実現のキックオフが、実はこのフォーラムであったのだ。世界の海洋観光の舞台は、エーゲ、アドリア、カリブであるが、それらの海洋資源に比肩し優れた資質を持つのが瀬戸内海だ。その瀬戸内海の小さな島・名木島に海洋観光を応援する人々が想定以上に大勢集った。


最初に講演をさせていただいたが、以前から興味を持っていた『海と日本人』というタイトルである。農本主義国家観に対する『海洋資本主義国家観』を提案したかったからである。その材料としては例えば司馬遼太郎の『菜の花の沖』の高田屋嘉兵衛を縦横に描いた海洋商業資本論や、網野喜彦の『海民と日本社会』にある「海民社会」の持つ閉塞社会を打つ抜くダイナミズムへの視点である。そして、時間をかけて内海に形成された網人(あみうど)たちの高度なネットワーク社会(ビジネスマトリックス)の人間(じんかん)組織論が、次なる社会への高次なモデルとなる予感である。まだ未定稿的内容であるが、研究素材としては構造化ができたように思える。


フォーラムは、藤村氏の「国際海洋観光の市場創造」やテクノレジャーの神谷吉紀社長による「ヨーロッパ流チャーターボートの人材育成」などで、大いに盛り上がった。小豆島からも、私の多摩大学大学院の教え子・柳生好彦氏にご参加頂き「瀬戸内海オリーブ共和国」構想を披瀝いただいた。国交省海事局の大石英一郎課長の最後のまとめも見事だった。確実に海民文化の次なる芽が、ほうはいとして起こり、海洋資本主義の時代を大胆に描いていくだろう。

 

島から笠岡港に向かうチャーターボートは、荒波に揺れた。私の海洋観光への期待も、さらにダイナミックに揺れ動いていた。

構想人ここにあり

もう30年も前のことになるが、「地域文化研究会」なる勉強会を立ち上げ、研究交流を10人足らずのメンバーと続けてきた。核になるメンバーの多くは異端の官僚・佐橋滋が創った「余暇開発センター」に出入りしていた人たちで、私もその端くれに加えていただいた。地域経済研究の馬場宏造氏、JTBにあって大衆旅行時代の研究で一世を風靡した内籐錦樹氏、日商から国際商業会議所(ICC)に出向しアジア諸都市で活躍した山田清氏、やはりアジア諸都市の都市商業開発のオーソリティ・BACの柳田優氏、三菱重工でいち早く都市インフラ輸出の土壌を開発した木村格氏など、錚々たる面子が集った。数十年ぶりの邂逅である。


馬場氏だけは、昨年狭山市の「まちづくり大学校」でお会いして、地文研の再集合を約束し、この機会が生まれたのだ。内籐錦樹氏は、桜美林大学名誉教授の肩書きで、現在でも地域観光の分野で大活躍である。かつての研究仲間であった方々が、現役で頑張っている姿には、勇気付けられる。


皆さんが、注目してくれたのはやはり「構想博物館」の存在。このメンバーで、また大いなる構想を語り合うのは、そう遠いことではないだろう。

次世代人間行動のソーシャルビジネス化の試み

ここ数年来、ヨーロッパにおける新たな人間存在の根源を問うような事業構想を研究してきたが、ようやくその事業の一つのモデルが立ち上がりつつある。私の友人のフランス人の起業家と、これまた私の古くからの日本人の友人とをコラボして、その構想ミーティングを行った。次代の人間行動をソーシャルデザイン化する試みである。


大いに議論が沸騰し、終了後の居酒屋でのビールの一杯が、加熱した脳髄を冷やしてくれた。この挑戦が、日本に新たなビジネスドメインを創造できるか。楽しみだ。

アドバースドエィジ(先端年齢者)のファッショナブルビジネス

パリのビストロで、「フレンチポテト」と注文したら怪訝な顔をされたが「フリット」でなければだめだと、何年か前に教えられた。


いまや、その「ポテト」食文化が花盛り。ベルギー発祥のフリットスタンドが日本の原宿でも六本木でも、大賑わい。これらの流行店は都心ばかりかと思いきや、実は最も先端的な店舗は、鎌倉の長谷にある。大仏さまから3分の「COBARAカフェ・ひょうたん」である。コンセプトは小腹が空いたときに、フリットを気軽に摘まんでもらう。数坪の極小店舗であるが、大仏にやってくる外国人で引きも切らない。


実は経営者は私の友人の卜部ご夫妻。お二人が発想し、実現させた。私もまた、いろいろと知恵の相談に乗った。驚きは、ご主人が80歳、奥さんが70歳。後期高齢者、とは日本的表現で、私は「アドバースドエィジ(先端年齢者)」と呼んでいる。湘南に住まうお二人がファッショナブルな生活と感覚で始めたファッショナブルなビジネス。エィジドソサエティは、明らかに大変革を始めている。


小さなポテトショップが、世界の観光地・鎌倉も変貌させる。事業創業と観光地デザインの、<超モデル>として事業構想家の澤登信子さんと吉田博氏で、共同研究も開始。皆さまも、フリット・・・いやフラッとお尋ねあり。世の中、面白くなりそうだ

鎌倉世間遺産にみる生活風情

会議所ニュース2013.12.11
会議所ニュース2013.12.11

鎌倉に住まいを求めて、構想博物館を開設。はや5年たった。鎌倉の街を歩き、浜辺を散歩し、路地裏に迷い込む。数年前、台風一過の、博物館近くの坂道で、近所の方に「大仏様が見えますよ」と教えてもらった。その坂ノ下からの坂道を「仏見坂(ぶつみさか)」と、富士見坂に倣った名前を付けた。

 

鎌倉は、既存の観光名所だけでなく、日々の暮らしの中の<風情>が、実にいいのだ。「生活風情」と呼んだらよいのであろうか。本当は、市民の一人ひとりがそれらを大切に思い、誇りにしている。

 

私は、日本の各地が大騒ぎしている「世界遺産」ではなく、市民が誇りにし楽しんでいる「世間遺産」こそが、これからのグローバル時代の「地域宝」だと、直感した。そこで、その思想を小論にまとめた。日本商工会議所の機関紙に載せてもらった。まちづくりに挑戦している日本の各地域の方々の参考にしてもらいたい、と願っているのである。

オリーヴ・スカイ・ウェイ《世界一幸せな人々が暮らす小豆島へ》

暑い夏の残滓を、初秋の魔法使いが後片付けをする季節に、私は一人の美丈夫な青年の訪問を受けていた。「この若造の私が、松下幸之助の片腕・高橋荒太郎氏の信託を受け、島で健康産業を始めることになった。一体どうしたらよいのか。」 そう切り出すと、小豆島からやってきた青年は、真っ直ぐなまなざしで、自分の想いを話し出した。

30年以上前の話。その情熱に満ちた青年の名前を、“柳生好彦”といった。代々木公園の蜩が、さらに賑やかになった頃、私は彼の話を聴き終えて最後に一言、「島を興しなさい。あなたを育ててくれた小豆島が、あなたの事業を育ててくれるでしょう。」 思い詰めていた青年の頬が紅潮し、瞳に強い光が差した。

 

 いま、私の手に、一冊の本が開かれている。『オリーヴ・スカイ・ウェイ』、本の表紙を、スペインから移植した樹齢1000年のオリーヴが飾っている。それだけのシンプルなものだ。  その後の健康産業の進展と、オリーヴ特区となった小豆島の島産業と島づくりへの挑戦が、鮮やかに描かれている。柳生好彦氏は、事業創造と島創造を融合させる40年の奇跡と、またこれからの100年の未来を構想する道程について、多摩大学大学院で研究し、苦労してまとめ挙げた。その記録の一冊である。

 

 この本を貫く事業コンセプトは、<発酵産業>、そして“世界一幸せな人々の暮らす島”づくりの哲学は、<免疫系の社会>である。この考え方は新しく、しかし根本的で、小豆島に留まらない世界中の地域社会への規範となるものであろう。

 

 あの30年前と同じ、初秋の魔法使いの現れる季節となった。現代文明は、その魔法使いさえ、追い出そうとしているのか。しかし、柳生好彦氏の著した『オリーヴ・スカイ・ウェイ』は、島の、いや宇宙の中の島としての地球の未来への洞察を深く孕んで、魔法使いとの親和性を指し示していると思えた。

 

 なぜか幸せな気持ちで、本を閉じた。遠くで蜩のなく声が、聞こえている。

 

日本のアマルフィ:須崎市横浪半島

先週、アマルフィ海岸に行ってまいりました。いや間違い!横浪半島でした。イタリアのアマルフィーと見紛う美しさ。外国から来た方々は、大いに感動するでしょう。そのための、面白く学術的な提言を、須崎市の皆さんにしてきました。この構想を、楠瀬市長さん、森賀教授と図って、世界が驚き感動するプロジェクトに仕上げることを、念じています。構想博物館メンバーの共同研究テーマにしたいと思っています。


 

▮ 街のデッサン

 

須崎市には、世界に誇りうる<須崎資源>が埋もれている。それらを研き輝かせるのは、私たちの鋭い世界洞察力と、叡智だ。そして、多様な地域資源を衝撃的に新結合させる(イノベーションさせる)志民と、試民のドラマテックな登場を、須崎の未来が待ち望んでいるのだ。

                             ・・・(詳細は右画像をクリック)

 

<旬刊「旅行新聞」2013年9月1日(日)掲載記事より>

 

日本のアーバンスタイル都市:吉祥寺

吉祥寺という日本の先端アーバンスタイル都市には、多くの未来へのヒントが隠されている。この都市を研究すること無しに、日本の未来は語れない。今回、吉祥寺で多くのその未来構想を語ることになろう。東京の「先端都市吉祥寺」が、いよいよ観光事業に打って出ます。その構想の一端を、語ります。研究者、実践者はぜひご参加を!

アドリア海の真珠

【地域資源探訪の旅】少年の手先や肩に緑や黄色の色とりどりのオウムが乗っている。バンダナをかぶった少年が誇らしげに取り囲んだ聴衆の前に一歩出る。恥ずかしそうにしているが、本当は胸を張りたいのだ。そうだ!この少年は、スチーブンソンの『宝島』のシルバー船長の片腕を演じた“ホーキンズ少年”だと、そのとき気がついた。                                                                         ......さらに読む   

<クラシズム>とは何か。「杉並まちづくり博覧会」での講演

微力ながら、少しでも社会にお役に立つことを、考えています。

幸いに、先進的なまちづくりで頑張っている杉並区の市民団体から、講演を依頼されました。

これは、市民(区民)が主役の、市民による、市民のための「まちづくり博覧会」です。


3月17日(日曜日)場所:<阿佐ヶ谷地域区民センター>。私の話は、午後2時からで、「杉並クラシズム」をテーマに、最も新しい視点でまちづくりの明日を構想してみました。<クラシズム>とは何か。今後もみなさんと議論したいと思っています。杉並まちづくり博覧会のホームページはこちらです。

 「われら、いかに生きるか」

 

――望月照彦の生き方の美学<人生のデザインを考える>――

 

リュクサンブールの森で

望月照彦ユーフォニスト通信

パリの屋根裏部屋で想う

望月照彦構想ゼミナール

なぜいま、屋根裏部屋なのか

パリ発、望月ゼミ生へのメッセージ

[東京/鎌倉/パリ]私の三都物語

望月照彦ユーフォニスト通信

望月照彦:新刊本のご案内

小豆島土庄町MaiPAMのまちづくり

<センス・オブ・ハピネス>

希望と幸せを創造する社会へ

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