望月照彦 [世代を越えて]

贈る言葉

今年、最後の望月ゼミのメンバー、木下君や品川君たちが卒業します。そこで彼らの卒業論文集に寄稿を依頼されました。

 

パリでしたためた彼らへのエッセイを添付します。雨続きだったパリの空が、思いっきり晴れました。その写真を撮ると、私の気持ちも実に晴れ晴れとしたものです。

 

「なぜいま、屋根裏部屋なのか」

―パリから、望月ゼミ生へのメッセージ―

2014/3/3   望月照彦

 

 私は、多摩大学を退任してから、1年の内で必ず数日でもよいからパリで暮らすことに決めている。昨年も9月から10月に掛けての1月間、サンポールのアパルトマンで過ごした。今年も、2月から3月に掛けて今度はシェルシュ・ミディ通りのアパルトマンで暮した。ただ漠然と過ごすのではない。屋根裏部屋で暮らす、それが条件である。

 

 なぜ、屋根裏部屋であるのか。私のこれまでの研究の成果であるが、パリの知の文化は屋根裏部屋で生まれた、と考えているからである。

 

パリは世界一の屋根裏部屋都市である。18世紀から19世紀に掛けて、オースマン知事のパリ大改造計画が敢行され、世界にモデルとなるような美しき衛生都市でもあるパリが生まれた。思想家・ベンヤミンの研究テーマであった「パッサージュ」もその時に生まれた。もうひとつ忘れてならない都市装置が屋根裏部屋であった。

 

オースマンは美しい街並みを生み出すために、建物の高さを軒高31メートルと定めたが、その時に斜線制限が掛かって31メートルを超える部分に斜めに切り取られた空間が誕生した。すなわち屋根裏部屋である。この狭く変形された部屋は、女中部屋と呼ばれた。標準階の部屋は主人家族たちが住み、最上階の部屋は下男たちの部屋とされたのである。ところが近代社会になって、貴族的社会は解体され、女中部屋だったスペースは、貧乏な学生や画家や、詩人や、思想家の仮の住まいとして彼らの孵化装置に転用されて行った、というのが私の仮説である。

 

ボードレールも、ベンヤミンも、ショパンも、へミングウエィも、苦学した若かりし頃は大いにこの屋根裏部屋にお世話になったのではないか。世界中からパリに憧れ、知や美や、富を求める人々がやってきて、彼らを育てる苗床として、屋根裏部屋が機能していたのである。

 

 考えてみると、多摩大学における「望月ゼミ」とは、この屋根裏部屋の機能を果たしていたのではないか、と思う。ただ若く、貧乏で、夢だけが大きく、知への欲求に飢えているゼミ生が集り、喧々諤々と議論し、発表し、思惟の力を深めていく。それは、パリに集った屋根裏部屋の若者たちの精神と同じであったのだ。

 

 こうやって私は、毎年パリにやってきて、始原的知の空間を追体験し、再び自分の中に新たな思考と創造の環境を創出しようとしているのかもしれない。

 

 私が、パリに来て、屋根裏部屋をアジトにして、ボードレールのように街を逍遥し、ベンヤミンのように知の装置を研究し、へミングウエィのように「移動祝祭日」を楽しみ文学することを忘れない限り、君たち望月ゼミ生の精神のパワーに負けることはない。それを思い知らせるために、私はパリに毎年やってくるのである。

 

ホープムーンアカデミー年次総会

 

「ホープムーン!! アカデミー」年次総会開催

 

――世代を越えた新たな集い――

 

大変な時こそ、大きな変貌を遂げるチャンスだ!

 

去る 2012年6月23日、長年に渡って指導してきた望月ゼミの有志が一堂に会した。第一部「須賀川プロジェクト」に対する三つのプランの発表から始まり、第二部の総会が引き続き実施された。さらに第三部では、昨年から今年にかけ奏でられてきた「第一楽章から第四楽章まで」の報告に加え、最終楽章の「Dreams Come True」においては、観客を巻き込んだパネルディスカッションが活発に行われた。13:00から18:00まで、僅かな休憩をはさみながら、若い世代から熟年の世代まで、忌憚のない意見が取り交わされ、熱のこもった討論会となった。by y.h

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